アラゴンの道4日目 その2

2010/12/03 Fri 12:50

ハビエルの日のミサ

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内部に入って驚きました。もっと大きな教会かと思っていたら、こじんまりしているのです。(写真はミサが終わってからの写真です)

一般参列者もたくさんやってきてるのだと思ってました。だって、ナバラ政府が参加するようなミサだし、夕べの隣テーブルのセビリアの人達が、20年このミサに通っていると言っていたし。熱心なイエズス会の人たちがスペイン中から集まったりするのかしらと。

しかし一般客はとっても少なく、ほとんどナバラ政府などの身内だけの参加者じゃないかと思うほど。もっとも内部は狭いのでたくさん人が来ても入りませんが・。ナバラ政府の人達が席に着き、信者でもない私達は「座ったら」のお勧めで、席の一番最後に座りました。

このミサですが、私が経験したミサで、最も素晴らしいものでした!!!
まず歌声が素晴らしい。ホテルの人がミサの歌を自慢していましたが、曲も歌声も素晴らしく、感動しました。その時は合唱団がどこにいるかどうしても分からず、舞台の下にも横にも見えなかったのです。が、私達の後ろの2階から歌っていたんじゃないかと、しゅうさん。前にいる人達の中にも少し歌っている人がいました。特別な歌だったのか、特別な合唱団だったのか、後で調べたのですが分からず・・。しかしその辺の素人ではない、素晴らしい合唱でした。


それから、司教さんのミサと言葉がこれまたよくて、感動的でした。
彼は普通のミサで聴くような説教?も話しつつ、政府要人から(この日手伝っていた)森の消防士たちまでを労い、時折ジョークも加えて笑わせながら、素晴らしい演説を披露してくれました。人柄の良く出たミサ、とでも言うんでしょうか。そういえばミサを聞きながら人柄を考えるなんてそんな経験も過去にはないので、やはり人を惹き付ける何かを持つ人物だったのでしょう。

途中、3度ほど胸がいっぱになり、そのたびにほろほろ泣いてしまいました。しゅうさんも泣いていたし、隣のおばさんも泣いていました。モンセラ修道院で有名な曲がかかった時に、次々にカタルーニャ人が立ち上がって、皆で大合唱となった時に感動でちょっぴり、うるうるということはありましたが、ミサを聴いてハラハラ涙が流れるほど泣くなんて、生まれて初めての経験でした。

あまりにも泣けるので、ミサ最中に、なぜこのミサはそれほど泣けるんだろうと考えちゃいました。たぶん1つは司教さんがうわっつらではない、心のこもった言葉をかけていること。ただ考えたものを読むだけでなく、心のこもった語りかけは人間の心を打つんですね。もう1つはあの歌声。

途中、なんでもない、日常的な、それでも人間らしい言葉を彼が話っていた時に、礼拝堂の美しさと、礼拝堂いっぱいに響き渡る美しい歌声が相乗効果を出して、突然泣けてちゃいました。すると同じところで、隣のおばさんも鼻をすすったのです!!ああ、このおばさんも、なんでもないような瞬間なのにここで泣けてきたんだなと、そんなことにも感動。魔法にかかったような、とても印象的な時間と空間でした。

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金色の服に身を包んでいるのがその司教さん。ミサが終わったあと、すべての人が帰るまで戸口に立ち、皆に挨拶をしていました。すごそうな人なのに、気さくに声をかけています。唯一の外国人である私達はやはり目立っていたのか、最後に近くで見ていた私達を、おいで、おいでと呼び、ちょっと会話とスキンシップもありという体験もしましたが、そこでしゅうさんはさらに涙・涙でした。

カトリック信者なのか?としゅうさん、質問もされていました。いいえと言うと、無信仰者?かと。
まー、ほとんど無信仰な感じなのが日本人ですがこの人を目の前にそう答えるのははばかれると思ってると、しゅうさんもいいえとお返事。それでは仏教?と聞かれ、仏教徒とも言えないが家はそうだし、そうだと答える方がいいなと思っていると、しゅうさんも、そうですと返事をして、お互いに納得の雰囲気でした。笑。

横で聞いていた私もなんだか、はらはら? 自分のことのように返事を考えちゃいました。彼女があの時何を考えて返事をしたのか、そういえばまだ聞いてなかったです。返事をするまで、考えるような数秒の間(?)が私の考える時間と同じでした。笑。

しかし、一般人で彼とあんな会話を交わしたのも、しゅうさんぐらいでしょう!!


貴重なミサ体験が終わり、ハビエルではその日午後にも、いろんなイベントが行われるようでした。


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