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Facebookでシェアされていて、友人が「あまりこういうの読まないのに、読んだら鳥肌がたった」と言っていたのであまりそんなものを読まない私も読んでみました。そしてうるっと涙、、。

いじめって、おそらくやっている方はそんなに悪いと思わずにやっているんじゃないかと思うのです。だいたい中学生など過渡期の、まだ大人になっていない時期ですよね。

それをはっきり「悪いことだ」と強く言える大人がいてこそ、気づかされることは多いと思います。

みなさんにも紹介します。

ーーー


【先生が叱ればイジメはなくなります。】
『先生』

ひどいイジメだった。胃潰瘍ができた。

毎日毎日、恐怖が続いた。

いまもそのトラウマが残っている。

僕がボクシングを始めた理由。

それは、中学のときのイジメだ。

相手に仕返しするためじゃない。

自分の身を守るため。

パンチを打つのではなく、

相手のパンチをよけるため。

僕は強くなりたいと思った。

僕は北海道の豊浦町で生まれた。

家は貧しかった。

サビだらけのトタン板で囲われた木造二階建て。

窓は木枠でできていたけれど、

きっちり閉まらない。

毎年、冬の寒さをしのぐため、

ビニールを打ち付けて、窓をふさいでいた。

僕には父親の記憶がない。

僕が生まれてすぐに離婚したらしい。

母親は、自宅の離れで食堂兼民宿を営み、

朝から晩まで忙しく働いた。

なにも買ってもらえなかった。

中学時代当時の僕は、身長が140センチくらい。

相手は170センチ以上あるやつもいて、

喧嘩してもかなわないと思った。

僕は笑いのものにされ、

使いっぱしりをさせられ、

それでもご機嫌をとり、

媚を売りながら生きていた。

母親には隠していたけれど、

ある日、お腹が痛くて病院に行くと、

胃潰瘍ができていた。

中学三年になって、

さらにイジメはエスカレートした。

モノを隠され、

靴を捨てられ、

服を脱がされた。

もう、限界だと思った。

カラスやスズメ、

虫でもいい、

人間以外のものになりたかった。

学校に行きたくなかった。

そのとき、佐々木先生が異変に気づいてくれた。

先生は、小さくて、

運動神経がよくて、

サッカー部の顧問。

歳は25歳くらい。

生徒との距離が近くて、

冗談が通じるやわらかい雰囲気を持った人。

その佐々木先生がホームルームで、

こう切り出した。


「最近、誰かが、誰かをからかっている。

特定の人に、ひどいことをしている。

誰がやっているか、思い当たる人は手をあげろ!」


誰も答えない。

すると先生は、大声であいつの名を呼んだ。

「おまえのことを言ってんだよ!!」

シーンとなった。

僕は、ビックリした。

すごいと思った。

こんな大人もいるんだと思った。

先生が叫んでから、イジメはおさまった。

僕は、ボクシングを始めた。

不思議なことに、強くなると、

やり返そうという気持がなくなった。


「先生のひとことで、救われたんだよ」


フライ級の日本一になって北海道に帰ったとき、

先生にそう言った。


先生は、変わらぬ優しい笑顔で、小さくうなずいた。
----------------------------------------


子供の頃のことを思い出しました。
小学校は最初3クラス、途中から2クラスになったような、小さな規模の学校でした。
何年生だったか覚えていないのですが、クラスの男の子がある日「ごきぶり」と言われてからかわれたのを目撃し、子供ながらに衝撃を受けました。
そして子供ながらにそんなことは言ってはいけないと思ったのです。

ごきぶりと言ったのは女の子で、男の子達からは言われていなかったし、今でいう、いじめというほどの陰湿なものではありませんでした。きゃーっとからかったという程度。でも言われた方は傷つきますよね。
そういえばどんくさかったかもしれない男の子でしたが、そんなことを言われるような対象の子であることにも私は気づいていませんでした。

そう言われたのを聞いたのも1回きりで、それからそれが続くということもありませんでした。
ただし、その男の子(T君とします)はそんな風にからかわれる対象であるというのが私の頭にインプットされ、その子には気をつけて優しく接するようになりました。なんとなく、、。そんな風にからかっちゃいけない!という気持がどこかに働いていたのだと思います。

そうしたら、ある日、その女の子が私のところにきて、「T君がしいちゃんのこと好きなんだって」と言って、きゃーっと逃げていきました。

私のその時の感想は、え?????????
言ったまま走って逃げていっちゃったし、「今のはなんだったのかなー?」という程度。なんかぼーっとした反応でした。ただし、あー、優しくしていたから、そんなことになったのだな?ということを子供ながらに思っただけです。

またその女の子も気の良い子で、たぶん女の子特有のちょっとからかいたくなったというだけだったんでしょう。それ以降何か言われることもなく、それらしき反応もなかったです。
私が無反応??で、気にしてなかったのも良かったかもしれません。
別にその子に何か追いかけて言うこともしなければ、何事もなかったのようにその女の子にも接しました。

幸いなことに私は、小学校のときはたぶん一番目立つ存在だったと思います。
勉強もできて、スポーツもできる。
水泳大会でもマラソン大会でも長いこと負けたことがありませんでしたし、バスケット部でも活躍してました。
小学校4年生の時には、5−6年生が出場する市の水泳大会に「4年生だけれど特別に出場するんです。前に出なさい」と突然言われて、仰天!? 全校生徒の前で特別紹介されました。

またうちの学校は卒業式がすばらしい式で、式の間中、ピアノの演奏とともに、みんなで歌を歌いながらすすめていくのです。卒業生が歌う部分、在学生が歌う部分などあり、曲も合唱も素晴らしかったです。

そのピアノの演奏は式の間ずっと続き、先生ではなく、小学生が演奏します。長いし,大変なので、姉も演奏経験者の一人でしたが、姉のときは数人で交代でひいてました。

ところが私の時代は学年の人数が少なかったこともあったのか、姉から教えてもらえるでしょうということでなったのか、覚えていませんが、姉から伝授されて私が一人で最初から最後まで演奏することになりました。
(余談ですが,姉の教えは厳しく、私は小学生ながら泣きながら練習してました。笑。良い経験です)
たしか記憶が間違ってなければ2年続けて弾いたと思います。
全校生徒の前で、ピアノの演奏もしちゃうぐらいなので、小さな学校だったこともあり、活躍の場面がいっぱい。クラスの一番にぎやかな男の子達ともよく遊んでいたし、いじめの対象になるような子供じゃなかったのです。

だからT君事件もそこで終わりましたが、私が目立たない子供だったら続きがあったかもしれないし、私が繊細な子だったら自分も傷ついたりしたのかな?と思ったりします。


次に思い出したのは中学生2年生の時のことです。
中学生のときは、たしかにいじめのような陰険な雰囲気がありました。

派手な女の子達のグループ、地味な女の子達のグループ、そのどちらでもない普通のグループに分かれていたのですが、派手な子達が地味な子達を陰険にからかい始めたのです。

私は普通のグループにいたのですが、からかわれている中に部活の親しい女の子がいたこともあり、いじめてるグループに反発。そこで今度は派手な子達と、いじめを庇った私達が、険悪な関係になっていきました。
私達普通のグループは、いじめられるようなグループじゃなかったので、対等に喧嘩状態になっていったのです。

当時は日記のようなものを毎日担任の先生に提出することになっており、そこにお互いに喧嘩の様子??を先生に愚痴ったり、書き綴ったりしていました。小さな欄なのに、書くことがたくさんありすぎて、入りきれない!笑。

今思うと、担任の先生もよく毎日毎日、中学生の日記を全員分、読んでいたものです。大変な作業だったと思うのですが、クラスでおきてることを掴むには良かったんでしょう。

しばらくお互いに仲が悪い状態が続いた頃、ある日先生がみんなの前で言いました。
「最近この日記の内容が、お互いの悪口のようになっている。先生はがっかりだ」

詳しい言葉は忘れましたが、そんな風なことだったと思います。

「どうしてそうなんだ」というような言葉も言われたのですが、本当に心底苦しそうに、声を絞り出すようにおっしゃいました。

それを聞いて、私達はみんな「はっ」としたのです。
本当にクラスの全員が我に返ったと思います。

ちょっとしたことがきっけかで、クラスの雰囲気が変な流れになり、エスカレートしていたことにはっと気づき、大好きな先生をがっかりさせるようなことをしていたにも気づき、、。自分たちの行為を恥ずかしいと思ったのです。

あの先生のたった一言で、クラス全員が大反省をし、また仲の良いクラスに戻っていきました。
子供ってそのように、1つのきっかけで良い方にも悪い方にも変わっていくと思うのです。
だから大人の強い一言は本当に大事だと思います。

余談ですが、その派手なグループの中心人物の一人と、私は席が隣だったこともあり、わりと気が合う雰囲気でした。ちょっとしゃべってみると、いや、この子おもしろい、気も合う。その子も勉強ができることもあり、勉強の話でもおもしろい会話ができる。たぶん向こうも同じことを思っていたと思います。

なので、根は悪くないというのは分かっていました。同時に、どうして集団になるとあんな態度になっちゃうのかしら?とも思っていたものです。でもその意味で、中学生の何かに煽られた集団というのはいくらでもエスカレートするんだなあと思います。全然性格の悪くない子でも。


子供の心に気づける大人、強い大人になれるかな??


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■ひとりごと | コメント(1)
コメント
No title
そう言う思い出って結構みんな持ってるかも。
ですよね。


今となっては遠い過去ですが

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