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ボランティア活動中、加藤登紀子さんの交流イベントコンサートを手伝いました。

加藤さんは後でブログで見たところ、3日で6本のライブを行ったそうですが、うち1つのイベントを遠野ボランティアセンターが担当したためです。あまりイベントの来ていない、ある仮設住宅で生活を続けている方たちを対象にしたイベントでした。


本場前に、たまたま加藤さんがイベントをやっている最中の、別の小学校に立ち寄りました。待ち時間の間、少しこちらも見学。本番のイベントでは最初から最後まで見学しました。


加藤登紀子さんは話がとてもお上手でした。ジョークで笑わせ、実体験などを交えながら、心のこもったお話をしてらっしゃいました。
それがあのよく通る声と話し方なのですから、とても人を惹きつけます。

よいお話というのはきれいな言葉を並べることではなく、自分の言葉で相手に語りかけることだと言いますが、率直に自分をさらけ出し、相手の心に届く話しぶりで、とても好感が持てました。いっぺんにファンになった方もいらっしゃるでしょう。ご家族のこと、ご自分の生まれた時のこと、いろんなお話をされました。

彼女は震災の数日後に「今どこにいますか」という曲を作ってらっしゃいます。

「今どこにいますか。寒くはないですか」で始まるこの曲はイントロから泣けます。シンプルなメロディも歌詞もとてもよく、すっと心に沁みてきます。

私は初めて聴いたのですが、「今どこにいますか」という、震災直後を思い出す歌詞にぐっと来て、うるっとし、「寒くはないですか」では、もう大泣きでした。
実際に、この曲を何度も聴いているという被災者の話も聞きました。

すっごく良いので、ぜひ聴いてください。



「青いこいのぼりと白いカーネーション」という歌もよかったです。
加藤登紀子さんが作詞・作曲し、うつみ宮土理さんが歌を担当して4月にCDが出るようです。

毎日小学生新聞に掲載された男の子の記事をもとに作曲されています。津波で行方不明になったお父さんが2週間後に発見された時、驚いたことにお父さんの時計が止まらずに動いていたという話。今は陸上をやっているこの少年はお父さんの時計をはめて走っているそうです。コンサートでもこの記事の一部を紹介してらっしゃてました。

小学校のイベントでは楽譜が配られ、子供たちと一緒に歌ってらっしゃいました。初めは遠慮がちだった子供たちの声が練習するにつれ段々と大きくなり、最後は「もっと、もっと」とせがまれるぐらい盛り上がりました。

大人以上に繊細でインパクトを受けてるであろう子供達ですが、彼らの元気な姿には大人にはない明るさとパワーがあります。あとで「子供っていいわね」という話になりましたが、子供の元気な様子だけでどんなに大人が元気づけられるか、を実感しました。東北の未来を感じました。

ぜひ歌詞か動画を紹介したかったのですが、4月に発売されるせいか見当たりません。うつみさんのCDで視聴ができるので探してみてください。

子供たちの歌声や加藤登紀子さんの歌声の方が、このCDより(ごめんなさい)伸びやかで堂々としていて、ずーっと何倍もよかったです。

もともと児童曲として作られたような曲調で、うつみさんの歌い方もそうなのですが、加藤さんの深く響く声での動画をぜひ見つけてみたいものです。

1番の歌詞を紹介します。(視聴から拾ってみたので違ってたら訂正してください)

・・・
5月の空は輝いている。
その空の下、僕は走っている。

未来へと時は動いている。
何も考えずここにいるだけで。

海の向こうへと消えたあの時。
おやじの残した古い時計は僕の腕に時を刻んでいる。
今もまだ生きているように。

二人分、三人分、僕は生きてる。
だってみんな僕の胸の中に生きているから。

大空を走れ、大空を泳げ。
青い、青い、こいのぼり。

・・・・

1番は亡くなったお父さんへ、2番は亡くなったお母さんへ捧げる歌詞だそうです。


私は小学校のコンサートをちらりとのぞいただけで、その最中、何度も大泣きでした。
同行したボランティア仲間のYちゃんも同様。
そこで自分たちのボランティア手伝い中にはさすがに泣かないようにしようねと誓ったのに、2度目のボランティア本番中でも二人とも号泣してしまいました。

Yちゃんは2度目の時、ぴくりとも動かなかったので、(すでに涙の止まらなかった私は心の中で)Yちゃん今度は泣いてないのかしら、と思ってました。彼女は泣かないように目をぎゅっとつぶっていたそうなのです。・・が、「もうダメ!」とばかり、突然私を振り向いた顔は、瞬時にして目も鼻も涙の洪水で真っ赤になりました。そのぐっちゃぐちゃな顔に、さらに私も崩れてしまいましたが、本当に私達は涙腺が緩みっぱなしでした。(2人で、年齢のせいにしてましたが・・)


あー、つたない文章力で伝えられないのが残念ですが、
号泣するほど、歌も、会場の雰囲気も、加藤さんのお話も、何もかもが素晴らしいコンサートでした。




・・

最後に、コンサートでの被災者の様子を。

小学校のコンサートを見ていたところ、一番後ろの端で、身じろぎ1つしないおじいちゃんがいて、ちょっと気になっていました。コンサートは加藤さんのジョークや子供たちの歌声で盛り上がり、すぐ近くの大人の女性も歌ったり立ち上がったりして楽しんでいたので、対照的なその姿が余計に目についたのです。

やっぱりコンサートを楽しむような、そんな心境になれないんだろうか。そんなことを考えながら、ぴくりとも動かないおじいちゃんの背中から目が離せなくなっていました。


ところがコンサートの最後も最後の頃。彫刻のようだったおじいちゃんが突然のろっと動いたかと思うと、右手でそっと涙らしきものをぬぐったのです。


とても歌を楽しむような心境にはなれない。そんな方だったかもしれないけれど、涙を流しているんだと、はっとしました。同時に、コンサートがあると聞いても行く気にもなれないという人もたくさんいるんだろうなと思いました。あの場所にいなかった、たくさんの人々の気持ちを考えずにいられません。



仮設住宅を対象にしたイベントでは、私たちボランティアも被災者の皆さんとの席に混じって座らせていただいたのですが、私の右にいたおばさんは明らかに、加藤さんの大ファンでした。知床旅情、百万本のバラなど加藤さんの代表作をずっと一緒に歌ってらっしゃって歌詞も全部覚えてらっしゃって、身体も左右に揺らしながら、ずいぶん楽しんでらっしゃいました。
絶対にこの会場で一番に楽しんでらっしゃったと思うので、加藤さんが近くに来てくれればいいのにと思ったほどです。

加藤さんは途中、真ん中の通路を歩いたり、一部の人の顔を見たり、握手したりしてらっしゃいましたが、このおばさんは一番外側の端に座ってらっしゃったので、それがかないませんでした。

私の左にはボランティア仲間のYちゃんが座っていたのですが、
Yちゃんのさらに左にいたおばさんは「こんな近くで加藤さんが見れるなんて大感激だ」とコンサート始まる前からおっしゃってました。ところがこのおばさん、途中から号泣だったのです。
声は洩れないように押さえてらっしゃってましたが、身体を半分まっぷたつに折り曲げて、顔ごとタオルで覆って、椅子の上でつっぷしたような格好で、何度も何度も身体を揺らして、文字通り体全体で泣いてらっしゃいました。
泣かないようにと誓い合ってて全然ダメだった私とYちゃんは、そのおばさんの姿を見るたびに、また号泣・・。

あんまり私たちが泣いているせいか、「あなた、大丈夫?」と言いたげに、右のおばさんが私の顔をぱっとのぞきこんできたのですが、
楽しんでらっしゃると思っていたそのおばさんの顔も、うっすら涙に濡れているのを見て、また涙、涙、涙。

本当によく泣いた1日でした。


同じようなコンサートを開いてらっしゃる芸能人はたくさんいらっしゃるのだと思いますが、間違いなく加藤登紀子さんのコンサートは感動でした。加藤さんに最大の感謝の気持ちを捧げたいです。

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■津波・原発 | コメント(0)
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