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ただいまー

2012/03/02 Fri 10:08

オラー♪おひさしぶりです。

日本から帰ってきてびっくり仰天。
冷蔵庫の中身が入ったまま+電源を切ってしまった、、ので、冷蔵庫の中がカビだらけ!だったのです。
黒くて小さなカビですが、無数に!!!

がんばって掃除して、一見、カビがなくなったように見えても、まだカビの匂いがすごい!!
他の部屋の中までカビの匂いが漂ってくるのですよ!
あのにおいはすごい。カビで体が悪くなりそうだと思っちゃいました。

ご近所迷惑だっただろうなー。だってうちの冷蔵庫って、キッチンに場所がないので中庭側のベランダにあるのです。

もちろんアルコール消毒を何回もして、今は何も匂わなくなりましたが、、。さらに2日ほど冷蔵庫を強にし、キンキンに冷やして殺菌効果も狙ってから、ようやく今日から使おうかな・・と思っています。


うちの冷蔵庫は古いので電気をとても食うので留守中は電源を切っていくのです。1年に1度の、冷蔵庫の掃除も兼ねています。

今回は帰国寸前に一番仲良しのカルメンがうちに泊まりに来ることに!
鍵を渡して、勝手に使ってもらったのです。
冷蔵庫の中身は全部捨てておくように頼んだのですが(カルメンがちょっと食べたりするかなと思って、残してあった)、うっかり忘れて捨てずに、でもしっかり電源は切って出てくれたのですね。

大昔も、うちの従妹が同様のことをしましたが、あれは彼女だからだと思ってました。(あの時は、赤や黄色や白の、花が咲いてました。ぎゃーっと叫んで冷蔵庫を閉めて、二度とあけたくなかった。冷蔵庫を開けるのに1000倍の勇気がいりました。しかし匂いは特になかったと思う)

しっかり者のカルメンも忘れるとは、良い勉強になりました。みんな、人に頼まれたことは日数が経つと覚えていないんだな、、との教訓です。次回からは、全部カラにしてから家を出ます。もしくは、しつこく紙に書いておくんでした。

しかしみんな、想像しないのかな。冷蔵庫の中身に生ものを入れたまま、電源切っちゃうと、恐ろしいことになると容易に想像できると思うんだけど、、。

劇的な出迎えを受けた私ですが、早速ブログネタがたまってます。

佐賀県観光ネタもたくさんあるのですがちょっとお休みして、まずは東北ボランティア体験を準備中です。これは簡単には書けなさそうなので、ちょっと数日(数週間?)お待ちください。

巡礼ネタはもう書くのやめようかなと思ってたのですが、一緒に歩いているしゅうさんに、簡単でいいから続けてよ!と言われたので、これももっと先に書いてみようと思います。ああ!なんだか忙しいわ!

ではではー
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■ひとりごと | コメント(0)
領事館から来た連絡を、こちらに転載します。

・・・

黙祷集会のお知らせ

内容 : 一年前に最初の大地震の起きた時間より1分間の黙祷。 

日時 : 3月11日 午前6時46分 (日本時間午後2時46分)

場所 : Plaça del Mar (Metro L4 Barceloneta駅より
Pg. de Joan de Borbòを徒歩5分、Buenas Migas前)
*よろしければ、ろうそくをご持参ください

バルセロネータの浜から、東の海に向かってろうそくを手に想いを届けませんか?

震災から1年が経ちます。あの日を振り返り、追悼の思いを新たにするとともに、被災地の方々に寄り添う気持ちを表したいと思います。
また、そうした思いをみなさんと共有することで、復興の未来へ向けて何ができるかを考える機会になればと願っています。

また、同日同時間にパリのトロカデロ広場およびローマのバチカンにて、黙祷集会が開かれることが決定しています。日本の民放各局より3都市同時追悼集会の中継が検討されており、実施の際には、より多くの追悼への祈りが被災地の方々に届くことが期待されています。

黙祷後、7時13分には海から日が昇ります。ひとりひとりの思いを胸に、ひとときを分かち合いませんか。
パリ集会に関する情報リンク: 東日本大震災追悼パリ集会: le 11 Mars, un an après
お問い合わせは下記まで。
Força Japó! forcajapo@gmail.com


・・・・

朝の6時46分に集合・・というのがネックになると思います。7時13分に朝日が見れるとして、まだ暗い時間・・ということですよね。誰かを誘わないと、1人で浜辺に向かう気はしないなあ、、。

しかしこの話。テレビ放送されるので、人が集まらないと格好がつかない・・ということもあるようです。ローマはどうか知らないけれど、パリとは明らかに日本人在住人口が少なそうですしね。

心では祈っているけれど、浜辺に朝早く集まるのはちょっと・・と思う人も、思い切って、浜辺集合してみませんか?

お知らせでした。

■津波・原発 | コメント(0)
日本へ帰省中、東北被災地へ6日間のボランティアへ行ってきました。
本当に貴重な体験だったと思うので、自分の見たこと、感じたことを綴っていきたいと思います。
しばらくおつきあいください。

短い滞在でしたので自分が見たものはほんの一部の様子です。それと現実が一致するかどうかは分かりません。でも実際に自分の目で見ることや、実際に見た人からの話を聞くことは、報道で知ることとはまったく違いました。被災地の情報をもっと知って欲しいという気持ちでブログにかいていきます。

ただし、知らせるという行為自体をよく思わない被災地の方々がいらっしゃるかもしれません。書くという行為そのもので、被災地の皆さんの心を傷つけてしまったら本当にすみません。
また、表現や内容で配慮のない点がありましたら訂正しますので、どうぞ皆さんご指摘ください。


私がお世話になったボランティアセンターは、遠野まごころネットです。岩手県遠野市にあり、被害のひどかった複数の被災地へ近い立地にありながら、あまり被害のなかった地区でした。大槌市、釜石市、陸前高田市などへ車で1時間ー1時間半ほどの距離となります。(被災地にはそれぞれのボランティアセンターがあります。それとは別です。)

現在の被災地の状況をお知らせしたいと言っても、活動の場所までバスで移動し、バスを降りた場所は小さい範囲に過ぎず、ほとんどバスの窓から見ただけのものです。被災地を知ったとはとてもいえず、短い滞在での私個人の印象だとお考えください。


・・・

目にした光景で、個人的に一番ショックを受けた被災地は釜石市でした。

釜石市は広く、その中でも一部の地区なのでしょうが、津波から11ヵ月後の当時でもまだまだ解体を待っている建物がたくさん残っていました。無事だった建物が並んでいるように見えて、近づいてみると建物の一階はどこもほとんど建物の枠だけで、壁も、玄関も、窓もなくなっているのです。2階はまだ壁や窓が残っている部分がありますが、それが余計に人々の生活感を感じさせます。建物によっては壁や天井が、バラバラに破れた薄い紙切れのように無数にぶらさがっていていました。

映像ではもっとひどい光景を何度も見ているわけですが、ネットで見るのと、実際に目にするのとでは、全然、違いました。

震災の頃は生存者を探す捜索隊と、遺体を収容する部隊は別だったので、建物には捜索の際の印が残っています。この建物には遺体があると知らせたい場合はX印を記し、遺体が収容されればXを○で囲んであります。建物を解体して欲しい建物には赤い旗がたっており、解体はしないが瓦礫の撤去をして欲しい建物には黄色の旗が、手をつけないで欲しい建物には緑の旗がたっています。

釜石では解体を待っている赤い旗を立てた建物が、次から次へと目に入ってきました。そのほとんどにX印が残っています。遠めでは明らかに人の気配がある建物なのに、バスの窓から次々に現れる光景はどれも幽霊屋敷のように見えました。景色を見て胸がつぶされるという経験は生まれて初めてで、最初に見たときは涙が止まりませんでした。それから何度か釜石市のそのあたりを通るたびに、言葉もなく、誰もがしーんとなって、窓の外に見入っていました。

ハード隊には参加しないというボランティアもいましたが、被害のひどかった地区を一度見ておくべきで、あれを見ると被災地の方々への気持ちも変わる、という話をボランティア仲間でしたことがあります。その話をしながら建物を思い出すと、再び涙が流れてきて、ボランティア仲間数人でうるうるしたこともありました。


・・・・

陸前高田市は、主だった場所の建物の解体も瓦礫の撤去もほとんど済んでいて、海からずーっと続く広大な土地に、建物が数軒残っているのみです。

文字通り、なにも、残っていません。
水平線までどこまでも果てしなく続く、焼け跡のような印象を受けました。
あれだけの広い土地の瓦礫を全部取り除くには、たくさんの人々の努力があったと思います。

何もない光景にはショックを受けると聞いていたので心構えができていました。何も残っていないので生活感を感じないせいか、以前の町並みを知らないせいか、釜石市のように悲しみに包まれることはありませんでした。ただただ、非現実的な光景に見えました。

一緒にいたボランティア仲間が「戦争の後みたいだね・・」とつぶやきましたが、本当に戦争後の焼け野原のようでした。そこにあった何もかもがあっという間になくなってしまった・・というような。
自分が住民であったならば、とてもあのような光景は目にできないでしょう。

不思議なことに、あの時はショックがなかったと思った陸前高田市の光景は、時間が経ち遠くスペインへ帰ってきてからは、釜石市以上に、思い出して胸の痛む、脳裏から離れない、つらい光景として自分の中に残っています。


その他、瓦礫置き場にも圧倒されました。周辺に小高い山がいくつも連なる地帯にあるのですが、その小山と変わらないような、大きな瓦礫の山がいくつもいくつも残っています。瓦礫の山・・というのは誇張でなく、本当に天にも高く届くような瓦礫の山なのです。瓦礫の処理に困っている・・という現実を見ました。


私は2012年2月のボランティア参加だったので、本当に悲惨だった状態というのをまったく知りません。
私が見たものは当時を知っている人にとってはずいぶん「よくなった」光景です。それでも初めてみた被災地は十分に自分に大きな衝撃を与えました。


東北ボランティア記、まだまだ続きます。
■津波・原発 | コメント(0)
2012年2月でも衝撃を受けた私ですが、ボランティア参加者には長く活動をしている方もいましたし、1年間に何度も短期で来ている方もいらっしゃいました。地元の人も含めて、皆さんからいろんな話を聞きました。


被災者の心を痛めるかもしれませんのでここには書きませんが、遺体がどんな状態でどんな場所で発見されたこともあったのか、そんな話も耳にしました。考えれば想像できたかもしれないけれど、実際に聞くまでは想像もできませんでした。自衛隊や日本各県から来ていた警察・消防署員も心の病にかかることが多かったそうですが、そんな光景を見、実際に死ぬ思いを経験した被災地の人々の心のケアはまだまだ長い年月がかかるであろうことは容易に想像できます。

>>続きを読む・・・
■津波・原発 | コメント(0)
ボランティア活動中、加藤登紀子さんの交流イベントコンサートを手伝いました。

加藤さんは後でブログで見たところ、3日で6本のライブを行ったそうですが、うち1つのイベントを遠野ボランティアセンターが担当したためです。あまりイベントの来ていない、ある仮設住宅で生活を続けている方たちを対象にしたイベントでした。


本場前に、たまたま加藤さんがイベントをやっている最中の、別の小学校に立ち寄りました。待ち時間の間、少しこちらも見学。本番のイベントでは最初から最後まで見学しました。


加藤登紀子さんは話がとてもお上手でした。ジョークで笑わせ、実体験などを交えながら、心のこもったお話をしてらっしゃいました。
それがあのよく通る声と話し方なのですから、とても人を惹きつけます。

よいお話というのはきれいな言葉を並べることではなく、自分の言葉で相手に語りかけることだと言いますが、率直に自分をさらけ出し、相手の心に届く話しぶりで、とても好感が持てました。いっぺんにファンになった方もいらっしゃるでしょう。ご家族のこと、ご自分の生まれた時のこと、いろんなお話をされました。

彼女は震災の数日後に「今どこにいますか」という曲を作ってらっしゃいます。

「今どこにいますか。寒くはないですか」で始まるこの曲はイントロから泣けます。シンプルなメロディも歌詞もとてもよく、すっと心に沁みてきます。

私は初めて聴いたのですが、「今どこにいますか」という、震災直後を思い出す歌詞にぐっと来て、うるっとし、「寒くはないですか」では、もう大泣きでした。
実際に、この曲を何度も聴いているという被災者の話も聞きました。

すっごく良いので、ぜひ聴いてください。



>>続きを読む・・・
■津波・原発 | コメント(0)
東北ボランティア記、がんばって書きすぎて、疲れてきました。
いっぺんに書けん。

エネルギーを注いでしまって、すぐにエンジンが切れてしまうタイプなのです。


次に気が向いたときまで休憩しますが、
・活動内容(ハードボランティア、ソフトボランティア)
・出会った素晴らしいボランティア仲間
・東北の人の今の生活
・遠野ボランティアセンターの生活、活動内容
・ボランティア参加の手引き

などの内容を考えています。
(書きたいことたくさんあるけど、こんなに書けるかなー。それが問題・・)

ところで、一般にボランティア活動中の写真は禁じられています。
今はネットで勝手に写真が載せられちゃったりしますが、いくら「伝えたい」と言う気持ちであろうと、破壊された自宅がネットで紹介されると、たまったものじゃありません。バスの中から観光地を撮影するようにバチバチ撮影されるのも、いい気持ちはしないものです。見世物じゃない!と言いたくなるでしょう。
禁じられているのは、被災者の気持ちを考慮しているためです。

ただし仲間同士での撮影やボランティアセンター内の撮影、被災地でない普通の東北の様子などは禁止されていたわけではありませんので、ちょっと写真も紹介していきます。(撮影していいかどうか分からなければ隊長さんたちに相談するように言われていました)

今日は2月11日の様子を。

震災から11ヶ月目にあたるこの日。
ボランティアが終了した夜に、みんなで黙祷を捧げました。

toho (23)

毎月やってらっしゃるようで、ろうそくを使った絵にもなっています。

toho (24)
えーっと。字は何だったっけ?反対から取ってるので見にくいですが。左上の、みんなが写真を撮っている側から見ると、文字が分かります。

結 だったかな?

ろうそくの数に限りがあるので、文字にするの、難しいのですよ。毎月みんなで文字を考えてらっしゃるようで、文字ネタにも限りが出てきているよう??。東京事務所とネットTVをつなげて中継も。

雪化粧なので幻想的でした。

toho (25)

こちらはスタッフのどなたかが作られたもの。こちらも素敵でしたよ。

「本当は3月11日に来たかったけれど、来れないので2月11日にあわせてきた」というボランティアさんもいらっしゃいました。

さて。バルセロナの港での3月11日の港の黙祷
面倒・・・という気持ちが今日も(ごめんなさいっ)ありますが、みんなで待ち合わせすればいくだろう!ということで、友達3人と行ってみることにしました。朝日を見て、もしかしたら浜辺で朝ごはんでも食べるかもしれません。人が集まるのかどうか?よく分かりませんが、次回に報告します!





■津波・原発 | コメント(0)
3月11日のバルセロネータでの黙祷会の様子をお知らせします。

眠い目をこすりながら、ビーチへ。バルセロナータとはビーチの名前です。
日本人が続々やってきて、「場所分かります?」なんてしゃべりながら向かいました。


1mar (4)
すでに美しい演出が。折鶴とろうそく。
ろうそくは手に持っていく・・と思っていたけど、飾るのだったの??と、到着するなり、やや動揺。
だって、床に置けない、長い棒タイプのロウソクにしちゃったのです。

1mar (5)
東北での2月11日の経験から、野外はロウソクの火が吹き飛んじゃう・・と友達に知らせました。しかもバルセロネータは海辺の端で建物がないところなので、普段でも風がひゅうひゅうなところなのです。

私は友達数人のロウソクも買うわ!と宣言。100円ショップのようなところで買いたくなくて、バルセロナで一番古いロウソク屋さんで買いました。細長いロウソク(みんな分買うので安いやつですが・・)。風の相談をしたら、コップの底に穴をあける方法があるということで、こういう形になりました。
(もうすぐ1年ね、、と店員さんも思い出してくれました)

かわいいでしょ?
というか、下が見えないか。普通のプラスチックのコップの半分ぐらいの大きさ(ろうそく屋に売っていた)を、逆さに指すのですよ。ロウソクの先がチューリップ型みたいに見えるし(脚色)、ロウも垂れてこないし、Good!

1mar (6)
他にも友達は、普通の大きさのプラスチックのコップを普通に持って、底に小さなロウソクを入れてる子もいました。これも良いアイデア!

さて、だんだん夜が明けてきました。


1mar (8)
知っている人が見れば顔、分かっちゃうけど、このぐらい良いかな??と思う写真を載せています。顔、小さいし。顔を出さないでくれ!という方、ありましたら、ご連絡を!

黙祷の時はロウソクを手に持っていたのですが、黙祷後、さっきの飾り場所へ、皆でロウソクを飾りにいきました。かわいいでしょ??と言っていた私の、細長いロウソク。支えがないので立たない・・。

ロウソク屋さんでは浜辺でやるって話をしていて、浜辺だったら砂に刺せばいいので問題ない!と断言されたのでした。風の心配はしたけど、立てない心配はしてなかった。まさか、砂じゃないところとは思っていませんでした。(考えたら砂浜に入るの、みんな嫌ですよね。)


でもそこはスペイン人、うまい!
プラスチックのコップをはずし、蝋を垂らして、くっつけてました。
上の写真の、一番左の細長いロウソク、3つが私が持参した一部です。友達のご主人が蝋で上手にくっつけてくれました!

私は・・・。
知り合いのスペイン人に私のロウソクをあげたのですが、「浜に刺せばいいのよ!」とロウソク屋を同じことを言うので、勝手に?そうしちゃいました。
そこで出会った日本人にも「浜辺にいきましょう!」なんて誘いながら。

1mar (7)
それがこの写真。浜辺に3本ささっているロウソクのうちの1本が私です。
勝手な行動?
いいんです! せっかく浜辺にいるのだから、浜にも3本ぐらい、備えても!!


1mar (15)
この日はまだバルもあいてないだろうから、コーヒーと朝ごはんを持参と友達に話していて、みんなでその後、朝ごはんタイムしました。

浜辺で、朝日を見ながらの、朝ごはん!滅多にない経験です!

私が用事があって、すぐに出発しなくっちゃいけなかったのですが、私にあわせてくれて、他の日本人はまだ余韻に浸っているところ、私達はさっさとベンチを探し、朝日を見ながら朝ごはんです。

1mar (12)
真っ赤な太陽ーーー♪と歌いたくなるような、真っ赤な朝日の出を見ました!
マンガみたいだった。いや、日の丸だったかも?
この写真は全然色が出てません!!
本当に真っ赤で美しかったですよ!!

Mokuto-T rosoku 1

こちらはこの日撮影に来ていた、バルセロナTVのプロのカメラマンの写真です。
さすがプロ。構図が素晴らしいです。友達の3本の長いロウソクもちゃんと立ってる、立ってる!
(Copyright(c) All right reserved.Photos by Tommy Lanc)

Mokuto-T senaka+hotel
こちらも同じく、カメラマンTommy Lancさんの撮影。最後の2枚の著作権は彼にありますので無断転用はお避けください。写真が必要な方はForcaJapan担当者へご連絡を!気持ちよく対応してくれます。
(Copyright(c) All right reserved.Photos by Tommy Lanc)



結局120人集まったそうです。朝早いのにビックリでした!

私は早く帰っちゃったのでその後は知りませんが、残ったロウソクはバルセロナのカテドラルに捧げに行ったのだそうです。

幹事さん&皆さんお疲れ様でした!!!

日本へも私達の気持ちがきっと届いています!!
■津波・原発 | コメント(0)
ブラジルにいた従妹が、今はモザンビークにいます。

その従妹から時々、短いつぶやき(?)が、家族・親族・友達一同に送られるのですが、ひさしぶりに異文化を感じる国だし、従妹の文章もとても良いので、本人に許可を得て紹介を。まずは子供偏です。

<学校で会った子供達>

初めてアフリカを見た、と感じた。
首都マプートにいてもわかんない。

ニカ州シモイオという町からさらにでこぼこ行ったところには、靴をはいてない子供達がきたない服をきて、60人くらいが、「学校」とよばれる石の上で、机も、いすもなく、「勉強」している。

何を勉強しているのかとかきいてみるものの、返事がない。

シャイな子供達だと思ったが、彼らはポルトガル語が通じないことが判明。現地語でおはようを教えてもらい言ったら、皆元気におはようって。

そのあと、村の集会で皆あつまりNGOが地雷の危険を写真をみせて子供達に話す。子供達はぽけっとした顔でみているが、だいたいこの子供達は内戦となにも関係ない無罪な子供よ。なのに、この子達が毎日地雷の危険と生きているとは、戦争の残した負の遺産はとにかく大きいと実感した。

(↑愛らしい子供達と、反していつになく、まじめに怒っている?うちの従妹ちゃん)


<海であった子供達>
昨日海に行った。南アからかってきたスパゲッティといわれる棒をもって、その棒で浮いていた。やはりこの棒はすごい。

そうしたらアフリカ人の子供達に襲われた。

最初ニーハオみたいな感じできて、自分に興味があるかと思いきや、この棒にみんなでいきなりつかまりはじめて、重さで沈みそう。

この棒で遊びたいのかときいたら、「そおおおう!(SIIIIM)」と皆大騒ぎ。あまりに喜び、棒をゲットしたらさっさと(自分は)捨てられた。しかしちゃんとおりこうさんなので、返しにきた。

ま、300円だしいいかと思い、プレゼントであげるよといったら、これまた皆が大喜び。自分のだと取り合う。みんなで使いなさいといったらまた「SIIIIIIM!」と嬉しそう。こんなに純粋な子供達を見たのは久しぶりだ。


(↑子供の笑顔が目に浮かぶなあ)



<突然の祝日編>

この国はすごいな-。
昨日いきなり政府からの通達で今日19日をとりあえず祝日にするので,仕事をやすんでもいいです,ってさ。しかもモザンビーク最初の大統領サモラ・マシェル氏の死去25周年ということで。

25年前から今日は彼の25周忌って知っていたはずよね?じゃあ,休暇は25年前から決めることもできたはず。だけど,昨日だよ。全く!




<プレゼントは・・?>
草の根レベルの援助をポルトガルでやったとき、現地の人々からお土産をもらうことがあった。地方の名産(しいたけやリンゴなど)を山のように。

こっちはすごいぞ。なんと感謝のしるしにもらったものが生きた牛1頭!!
さばいて、みな、どさっとビニール袋に肉片をもらうことに!!


<マンゴ>
いうのを忘れていた。こっちのマンゴはすごい。1籠に12から16個(あまり大きくはないけど)どっさりはいって150円。全部そう。なすもタマネギもレモンも。まあ,これは地方の道端で買うから。首都の南ア系のスーパーはやったら高い。地方では道端はカシューナッツの木とマンゴの木が交互にびっしりつまっとる。安いはずだ。うまい!


<番外編で旦那の話>
昨日,仕事が終わって,旦那に会ったら,坊主になっとる!しかも,完璧坊主!

野球部ってもんじゃなくて,お坊さんだよ。おったまげた。

普通は,一言坊主にするからとかいうよね。こっちは暑いから、自分は涼しくなってかなりお気に入りの様子!


・・・
なかなか楽しめるでしょ?
■ひとりごと | コメント(0)
3月29日はスペイン全土でゼネストでした。
仕事がないので、友達2人と美味しいランチ。(店があいてるか分からず、当日下見をして?決まりました)
その後、カタルーニャ人の友達モンセと会うことになっていたのだけど、「デモ行進に参加するけど、来る?」と誘われ、なんと突然、日本人の私もデモ行進に加わることとなりました。

スペインって、しょっちゅうストライキやデモ行進をやっている国です。小規模なデモ行進は数も多く、一部通行止めという経験もたくさんあります。

しかし基本的に日本人ってあまりデモに参加する国民じゃありませんよね。参加したところで何も変わらんだろうというドライな考え方もある。危ないかもしれないので、なるだけ、大規模なデモ行進の時は近寄らないようにする。領事館からも注意喚起のメールが来ていて、不必要な外出は避けるように、、ということでした。

『明日のデモ行進は参加するの楽しみー、どっかに登って騒ぐ」と言っている日本人の話を聞いて、お祭りじゃないんだよ!と、今の若い人の発想にちょっと説教したい気分になったこともあったのに(すでにその考えが年寄り?)、まさかその自分が参加することになろうとは思っていませんでした。スペイン在住歴の長い私でも初めての経験です。

>>続きを読む・・・
■バルセロナ | コメント(0)
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